理屈でスピリチュアル

縄文古代文字・お名前鑑定師MARUがスピリチュアルを理屈で語ります

シンドイときは神頼み~その1日本人はお経を読もう

今の世の中の状況が不安じゃない人なんて

居ないと思うのです。

 

いきなりですが

自分ではなにがどうしてもどうしようもなくなったら

お経を読みましょう(真顔)

 

ワタクシはどうしようもなくなると

すぐ「死にたい」とか言い出す人なんですが

 

こんなふうにうっかり言ってしまったり

思ったりしてしまう人には

是非とも覚えておいていただきたいことがあります

 

「死 にたい」

 あわせ  生き たい

「幸せに生きたい」という魂の略語 

今より幸せに生きたい、という魂の本音です

 

「死にたい」が出てきたら

自分でアレコレ考えずに

とにかく神頼み一択です(真顔)

まずは

「お経」を読むか、聞くか、しましょう。

 

「念仏を唱えていれば神風が吹く」

そんな能天気な事を言う気はありませんが

日本人の脳の動き方を考えてみても

「読経がBGM」というのは心を整えるのに

とても良い行動の一つです。

 

 今回は「般若心経」を載せてありますので

是非つぶやいてくださいね

古代文字お名前鑑定師 仲居恵美です

(主な参考文献は下の方にまとめてあります) 

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さて、緊急事態宣言が発令されて

新たに引きこ森の住人となったみなさまは

そろそろ閉塞感や虚無感に

苛まれ始めるころかとお察しいたします。

 

もともとの引きこ森の住人のワタクシですら

何かツライ・・・と思うくらいですから。

 

ワタクシの場合で恐縮ですが

いろいろやろうと思って買い替えたiPhone11が

全く言うことを聞いてくれない事態に最近気付きましてww

電話も鳴ってなくね?

なんでいちいちログインしないと

一部アプリが開かないのでしょうか?

何がなにやらさっぱりわかりません(苦笑)

 

そんなふうに

何か一つ上手くいかないが出てしまうと

なし崩しにあれもこれも全部「ダメ」な気分になって

どんどん落ち込んでしまうというパターンがあります。

 

自分はなんてモノゴトを知らない人間なんだろう

そもそも人生誰かの役に立ってるんだろうか??

いっそのこと消えてしまいたい。

 

ここで息子に「お母さんのご飯不味い」とか言われると

存在そのものを否定されたような気がして

もう死んじゃいたい><とか言い出します。

 

え?なし崩しに落ち込まない?

それはすてきなことですね^^

500字くらい飛ばして「般若心経」だけ読んでくださいw

 

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何かが 上手くいっていない時。

きっと私たちの心は閉ざされているんです。

小さな深い井戸の中に落ちているような感覚

 

今だと

先の見えない不安や

恐れからくる自己否定

家族からの遠慮のない言葉や態度

ついうっかり涙が出てしまう

そんなこともあるかもしれません。

 

井戸の中で見えているその世界は

不安・不足・不満・不信という

「マイナス」の世界です

 

井戸の奥深くに沈んでいるときは

人からのアドバイスに耳を傾けたり

優しい言葉かけすらも

馬鹿にされているように感じてしまう。

 

だからこその

考えずに「神頼み行動」です。

この際ステイホーム期間は

「神頼み期間」にしましょう。

 

お経を読むことを読経というんですが

寝る前とかに読経しようとすると

いつの間にか眠っていたりして

まさに一石二鳥

それは読めていないのでは?という突込みは置いといてw

 

読経の他にも

真言を繰り返し唱える

マントラを繰り返し唱える

祝詞を唱える

なんかも良いですね。

 

はるか昔々から

この時代まで残っているものには

必ず意味があります。

 

たくさんの「救われた想念」や

「祈り」の力を秘めています。

 

それはつまり

わたし達の理解の及ばない何かに作用するチカラ。

 

意味なんて知らなくても考えなくても

「唱えればOK」というのは本当です(真顔)

 

職業として「僧侶」や「神職」につかない限り

お経や祝詞の深い意味は気にしなくても良いし

本職になるわけでないのなら覚えなくても良い

とにかく「発すること」が大事になります

 

わたし達日本人の脳は

独特な「音の処理能力」を持っています

 

西洋人・・日本語を使わない人々の脳・・とは

左右の脳の連携や機能に違いがあるんです。

 

「音楽」と「人の声」を処理する部位が

西洋人とは完全に違っているという研究結果がでています。

 

これがいわゆる「日本語脳」というヤツですね。

日本語を「母国語として使用」している人と

一部ポリネシア語を使用している人にしか

当てはまらないマイナーな「脳仕様」です。

 

ですので、

ある程度長く意味不明でハーモニーのような人語は

日本人の脳細胞を大変刺激してくれます。

 

お経なんてぴったりよ。

 

祓い祝詞などよく聞く祝詞

うっかり「意味」や「情景」を考えちゃうので

死にたいくらいの時にはイマイチ不向き。

おススメの祝詞シリーズはまだ後日書きましょう。

 

そして

マントラ真言が好きなのであれば

これらは短いので繰り返すのがオススメです。

  

 日本人の脳仕様(『日本人の脳』より

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「幸せ」になるのに順番があるように

「祈り」にも実は順番があります

 

「幸せになっていく」順番としては

一番目は「自分」

二番目が「パートナー」や「家族」

そこから外へ広がっていきます

地域→社会→国→世界→宇宙

一周回って全体である自分に戻るのですが

 

祈りはこの逆

 

宇宙から始まり、世界平和を祈り

最後に自分の幸せを願う。

そして

一周回って大いなる宇宙へ戻ります

 

わたしはお経を声に出して読むことには

「両方の巡り」

「幸せ」と「祈り」の両方の効果があると思っています

 

「自分と大いなるもの」とをつなげる行為

 

誰かに読み聞かせるというものではなく

まず、自分が受け取るもの。

けれども「大いなるもの」へと「平和を祈る」もの

 

仏壇や亡くなった人・・

ご先祖様や故人に向けて唱える

と思うのが一般的なのですが

 

そればかりではなく

どうしようもない時の

「幸せ」や「平穏」を「祈り」として

「一心に願うツール」

 そんなふうに日常に

もっともっと使っても良いと

わたしは思っています。

 

いつもの極論ですが

「日本人」が

「お経」を

「声に出して読む」だけで

自分の平和も

世界平和も祈れと思うとステキでしょ^^

 

騙されたと思って是非読んでみてください。 

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我が家の場合は妖怪が身内に居たりww

不浄霊が廃屋に巣くっていた過去がありwwww

いろいろ事情があり「観音経」を読んでいます

 

お経初心者で

特に霊的な影響を受けるとか無い方は

宗派を問わない「般若心経」でOK

 

お経に良し悪しは無いのだけれど

ワタクシが25年前にハマった新興宗教でも

般若心経をベースにしていましたし

「般若心経」はいろいろ使われまくっているんです。

 

ですので

「良くない想念に引っ張られやすい人」

「憑かれやすい人」

「霊的影響を受けやすい人」

「スピリチュアル系のお仕事の方」は

「観音経」をオススメいたします。

 

観音経はフルバージョンとショートバージョンがあるので

時短が可能ですし。

読み人のクセや宗派によって少し違いがあるんですが

リズム・区切りはあまり気にせず

ただただ唱えてみると良いと思います

経典もアマゾンで1000円位で販売してるし

YouTubeに動画が出てたりするので

そちらを参考になさってくださいね

 

今回は「般若心経」をのせておきます。

是非つぶやいてみてくださいね。

 

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摩訶般若波羅蜜多心経

(まかはんにゃはらみたしんぎょう)

観自在菩薩 (かんじざいぼさつ)

 行深般若波羅蜜多時 (ぎょうじんはんにゃはらみったじ )

 照見五蘊皆空 (しょうけんごうんかいくう)

 度一切苦厄 (どいっさいくやく )

 舍利子 (しゃりし )

 色不異空 (しきふいくう ) 空不異色 (くうふいしき )

 色即是空 (しきそくぜくう ) 空即是色 (くうそくぜしき )

 受想行識亦復如是 (じゅそうぎょうしきやくぶにょぜ)

 舍利子 (しゃりし )

 是諸法空相 (ぜしょほうくうそう ) 

不生不滅 (ふしょうふめつ ) 不垢不浄 (ふくふじょう )

 不増不減 (ふぞうふげん ) 是故空中 (ぜこくうちゅう )

 無色 (むしき ) 無受想行識 (むじゅそうぎょうしき )

 無眼耳鼻舌身意 (むげんにびぜっしんい )

 無色声香味触法 (むしきしょうこうみそくほう )

 無眼界 (むげんかい ) 乃至無意識界 (ないしむいしきかい )

 無無明 (むむみょう ) 亦無無明尽 (やくむむみょうじん )

 乃至無老死 (ないしむろうし ) 亦無老死尽 (やくむろうしじん )

無苦集滅道 (むくしゅうめつどう )

無智亦無得 (むちやくむとく )以無所得故 (いむしょとくこ )

菩提薩埵 (ぼだいさった )

 依般若波羅蜜多故 (えはんにゃはらみったこ )

 心無罣礙 (しんむけいげ ) 無罣礙故 (むけいげこ )

 無有恐怖 (むうくふ )

 遠離一切顛倒夢想 (おんりいっさいてんどうむそう )

 究竟涅槃 (くきょうねはん ) 三世諸仏 (さんぜしょぶつ )

 依般若波羅蜜多故 (えはんにゃはらみったこ ) 

得阿耨多羅三藐三菩提 (とくあのくたらさんみゃくさんぼだい )

 故知般若波羅蜜多 (こちはんにゃはらみった )

 是大神呪 (ぜだいじんしゅ ) 是大明呪 (ぜだいみょうしゅ )

 是無上呪 (ぜむじょうしゅ ) 是無等等呪 (ぜむとうどうしゅ )

 能除一切苦 (のうじょいっさいく ) 真実不虚 (しんじつふこ )

故説般若波羅蜜多呪 (こせつはんにゃはらみったしゅ )

即説呪曰 (そくせつしゅわつ ) 
羯諦羯諦 (ぎゃていぎゃてい ) 波羅羯諦 (はらぎゃてい ) 

波羅僧羯諦 (はらそうぎゃてい ) 菩提薩婆訶 (ぼじそわか ) 
般若心経(はんにゃしんぎょう )

 

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「空(くう)」の思想を説いた仏教の経典の1つとして

般若心経の現代語訳もいろいろ出ています。

意味は知っていても知らなくても良いとは思っていますが

わたしの大好きな般若心経の本や他も参考にして

わかりやすく訳してみました。

 

はっきり言って

般若心経は量子力学論です(真顔)

理解しようと考えていくと

余計にわからなくなるという危険がありますので

良い話だなあくらいで流してくださいねww

 

仏陀のお弟子である「舎利子」さん(シャーリプトラ)さんに

智慧の完成”の修行について観音様がお話しているという

いわゆる「エッセイ」ですね^^

 

***

悟りの智慧を説いた偉大なる神髄のお経が

この「摩訶般若波羅蜜多心経」です

 

昔々「観自在菩薩」すなわち観音様が

迷いの世界から悟りの世界へ行く修行をされた時

実はこの世の三次元で生きているモノも人間も

心も体も一切が仮の姿で

実態は「空」で在ることに気付かれた

そしてその教えを以ってして

人々を悩みや苦しみから救われました

 

あのね、舎利子

形があるように見える物も実は「実態」は無いのだよ。

目に見えるすべての物は実は「空」なんだ。

物質は「空」であり、「空」とは物質。

不思議かい?

 

でも人間の肉体もそれと同じで、

肉体は「実体が無い」という「在り方」で存在しているんだ。

肉体だけでなく「この世のあらゆる物や現象」は実体はないんだ。

あらゆる物や現象っていうのはね

様々な何かが集まって影響しあって

形として作られたものなんだよ。

真実のような幻のようなものが集まって

「肉体」や「物」として存在しているんだ

 

そしてこれは肉体や物だけでなく

「心」も同じように言えることなんだ

感覚やイメージ、感情や思考も同じ

実はこれらも「空」なんだね。

「実体の無い」幻のようなものが集まってできているんだよ。

 

もしかしたら

本当はどこにも「私」という境目は無いのかもしれなよね

「私であって私ではないもの」

「あなたであってあなたでないもの」

「私」も「あなた」も本当は一つなのかもしれないよ。

 

 

ねえ、舎利子

こんなふうにこの世のすべての物は「空」なのだから

実はこの世界では

「生じること」も「滅すること」も無いのだよ。

キレイも汚いも無い。

増えることも減ることも無いんだ。

そんなふうに見えているだけなんだね。

この「見える」も「空」なのだけれどねw

少し難しいね。

 

「空」の中には、何もない

「無明」といわれる「煩悩に惑わされる様子」も

実は「無い」んだよ。

感覚・想念・行動・知識もない。

眼も耳も鼻も舌も身も意もなく、

色も声も香も味も触も法もない。

目に見える世界も、意識の世界もない。

無知もない、それが尽きることもない。

また老いも死もなく、それが尽きることもない。

四つの真理(苦・集・滅・道)もない。

苦しみも、苦しみの原因も、

苦しみがなくなることも、

苦しみをなくす修行法も無い

知ることも、修行の成果を得ることも無いのだけれど

得ないということもないんだ

だって、それらもすべてが「空」なんだから

 

人は何かにこだわりを持ったり

自分を責めたり誰かを責めたりする必要は

本当はないんだよね。

でも、そんなふうに思ったとしても

くよくよしたりしなくても良いんだよ。

おおらかに、何物にもとらわれずに生きることが

「空の知恵」で考え

「空の目」で見るということが

「悟り」というものなのかもしれないよね。

 

「空の知恵」は「般若波羅蜜」といわれるのだけれど

菩薩たちはこれを知っているんだ

だから心が何ものにもとらわれないんだよ。

だから、恐れることもなく

己の考えに囚われてしまうこともなく

迷いのない「安らぎ」の境地を得ることが出来ているんだ。

過去・現在・未来にわたるような仏と呼ばれる者たちも

この「空の知恵・般若波羅蜜」を極めることによって

悟りを得ていったんだよ

 

だから、こんなふうに言うこともできるよね

「空の知恵・般若波羅蜜」は

聖なる力を持った真実の言葉であり

偉大な悟りの言葉であり

他にくらべるもののない言葉である、って。

「空の知恵・般若波羅蜜」は

「生きる人」の一切の苦しみを消し去ってくれる

真実であり、少しの偽りのないものなんだ

 

最後にこの「空の知恵・般若波羅蜜」の

真言」を教えてあげよう

それがこの「言葉」だよ

「羯諦羯諦(ぎゃていぎゃてい) 

波羅羯諦(はらぎゃてい) 

波羅僧羯諦(はらそうぎゃてい) 

菩提薩婆訶(ぼじそわか)」

 

これだけは「真言」として

あまり考えずに

そのまま唱えるのが良いのだけれど

訳すとしたらこんな感じかな?

 

悩んだり、苦しんだり、

それでも人として頑張って生きて

ようやく「空の知恵」までたどり着いた

わたしでもある「あなた達」

あなた達が穏やかな「空の心」にたどり着きますように

先に悟りにたどり着いた

あなたである私が祈っていますよ、だよ。

 

*****

 

「羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」は

もともとの経典であるサンスクリット語では

ガテー ガテー パーラガテー 

パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー となり

 

直訳だと

智慧よ、智慧よ、完全なる智慧よ、

完成された完全なる智慧よ、

悟りよ、幸あれ・・・となります。

 

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コロナ騒ぎで一番怖いのはデマによるパニックや

羅漢した人、その恐れのある人達への差別。

 

自粛や普段と違う生活で

精神は不安定になりがち

 

そうなってしまうと

目の前の人へ冷静な判断が出来なくなってくる

 

こんな時こそ大事なのは

冷静さとユーモアさ

そして小さな日常への感謝。

 

それでもどうしようもなくなったら

「困ったときの般若心経」ですよ(真顔)

 

コロナ騒動は情報の取捨選択能力の開発と

誰かやできない自分を責めたくなる自分を鍛錬するという

いわゆる人類丸ごとの「修行時期」なのだとわたしは思います

 

 

参考文献

『日本人の脳』角田忠信

『言霊はこうして実現する』七沢賢治著

『般若心経』にわぜんきゅう著

 

 

長い追記w

 

わたしが「読経」を習慣にした理由

新興宗教時代は除いてww)

一昨年の7月以降なのでそろそろ2年です。

一昨年娘がうっかり「可笑しな鬱」化しました。

 

わたし自身も19歳と34歳の2回鬱ってるんですが

それとはどうも様子が違う。

 

あきらかに「変」

もともとわたしの母も「妖怪狐憑き」と呼ぶくらい

わかりやすく「憑いてる人」なんですがww

まさかの娘も憑いてしまったのか!?

 

そんな娘を心配してお友達が紹介してくれた

心理療法家でもある京都のお坊様の

グループセッションに参加しました

 

そうしたら奥様・・・

そりゃあ、もう大変よwww

 

詳細ははぶきますが

見知らぬ浮遊霊から

鎌倉時代の怨霊までわんさか出てきまして・・

しかも

それらが娘と婆に関連して影響しているという。

 

挙句の果てに

わたしはカケラも影響をうけていないという

よくわからない状況です。

 

祓ってはいただいたのですが

当時の娘の状況を考えるに

入院や投薬以外に

わたしが出来ることはないのか!?

 

そこで思い至ったのが

「そうだ!お経を読もう!」だったわけです。

 

なんでお経?と思われるかもしれませんが

 

もうね、

人は自分の理解をはるかに超えて

自分の力量もはるかに超えた

意味不明な出来事に遭遇すると

神仏にすがる以外の選択肢はみつかりません(真顔)

 

奇しくも

セッションに参加したのはワタクシの父の命日で

経本が届いてお経を読み始めたのは

ワタクシの祖父の命日というね。

 

読みますとも。

ええ、読ませていただきますとも(真顔)

 

それにしても

般若心経をブログに書こうなんて阿保だったww

7000字のブログとか、

そもそもしんどい人は読めないんじゃないだろうかとも思ったんだけどww

 

「念仏唱えればいいなんて、日本人は能天気」という投稿をみて

いや、確かに行動が伴わないとただの能天気なんだけど

「読経や祝詞」にはちゃんと脳みそに合わせた意味があるのよ!って

どうしても

日本語脳も書きたくなってしまって・・・

何か変に負けず嫌いwww

 

HPはこちら

otomata.jimdofree.com