理屈でスピリチュアル

縄文古代文字・お名前鑑定師MARUがスピリチュアルを理屈で語ります

穏やかな秋分の日を超えて「庶民」に目覚めました

 

昨日の秋分の日って

なんだかすごく良い日でなかったですか??

風は強かったけど、

何か特別でなくても大丈夫なんだっていう地味な感覚?

穏やかとも言うかな?w

感じる、感じないは置いといて

きっと誰にも等しく降りてきたんだと思う。

 

だからといって
「魂の目覚めだわっ」とか
瀬織津姫の復活だわ!」とか
「エネルギーが満ちてくるわ」とか

アセンションだわ」とか
正直ものすごく気持ち悪くて言わないけど(真顔)


勝手に目覚めてろととか思っちゃうしww
ちょっとテンションが下がる

イヤもともとテンションは高くない人だった。

ビバ、ローテンションローリターン

 

そういえばね

先日行った「縄文の話」は
縄文時代の話なんだけど
「森や海の庶民の話」で
目からウロコで面白かった!
(お声かけくださった妙子さんありがとう^^)

 

縄文時代はきっと森の庶民だったと思う。
今は引きこ森の住人。
古代文字鑑定師MARUこと仲居恵美です

 

パソコンを新しくしたので、慣れるまでいろいろ・・・ww

f:id:e7smilemi:20190924111855j:plain

さて・・・

 わたしの占いの原点は
古代文献と呼ばれる「ホツマツタエ」

その文献で使われている「ヲシテ文字」

そこから
音の持つエネルギーを読み解いていくもの。


このホツマツタエは
縄文後期~の日本の歴史書ともいわれる。
読み物としても面白いし
理屈的にもなるほどと思うところがある。


「古代文献」「古代史」はどの地域でも
庶民のものは少ないのよね。

時代が古くなれば成るほど、
庶民、女性、子ども、地方のものは無くなります。

まあ、そりゃそうだw

紙も文字も持たなかったであろう庶民だもの。

そして良く考えなくても
古代文献と言われるものは
たいてい「神話」の世界で
神話といえば神様の話なんだよね。

 

例に漏れず『ホツマツタエ』も神話の世界
イザナギイザナミにアマテル大神
サルタヒコや天孫ニニギノ尊

辿り辿れば「皇室の表話・裏話・浮気話」

 

庶民の話じゃなかったわねとw
イマサラ思い出したかのように
気付いたのであります。

 

でもって、自分の中の

「特別でありたい意識」みたいのにも気づいた

人間だから特別でありたいとか

有名になりたいって

そんなに悪くないエゴだとは思うのだけれど

 

関わってる人たちへもちょっぴり違和感があって
ちょっと距離を置いたりしてたんだけど
それはわたしが「がっつり庶民」のクセに

べらぼうに特別な存在になりたいと思っていたからなんだと
妙に納得したのでありますww

 

それって単に己を知らないだけで??

たぶん私の中の「ゆがんだ中二病」がそうさせてたのかと思う

そろそろ地に足をつけてがんばんなさいよってww

大いなるメッセージだよねwww

f:id:e7smilemi:20190815190254j:plain

 

 

特別でありたい病というのは

「不幸でありたい病」にニアリーイコールのもの。

特別でありたいがために不幸を作ったりしちゃうんだよね

今回の秋分の日は

「特別でなくていい」

いわゆる「そのままで愛されている」というのが

ふわっと入ってきた感覚。

 

言葉では知っていたけど

そのままで愛されるなんてほんまかいな?みたいな

そんな部分はずっと持ってたしw

 

アセンションとか言いたくないけどw

受け入れる土台が出来たときに

ふわっと気付くんだよねって

なるほど、こうゆうことかと思いました。

 

それは自分だけでなく

すべての命がそうなんだよね。

なるほど「人は」「そのまま」で「愛されている」んだと

理解した感じ?

 

そう、うちの妖怪くぞ婆ですら、

そのままで愛されてるわけなんだねwww

自覚が在るか無いかは別として

 

もちろん自覚が在ったほうが

生きやすいに決まっているけども

気付く気付かないはそれこそ

個人の選択でしかない

(つまり放っておくww)

 

 

 

そんなわけで

古代文字も「特別」でなく
日常で使えるようにしてもいいかも、と思った。

 

特別なものでは無く
特別な言葉では無く
特別な人しか使ってはいけないものでも無く
生きる中で祈りとして使っていく

 

ヲシテ文字は
国が平和でありますように。
この国で暮らす人たち(民人)が幸せでありますように。
そんな気持ちで作られた祈りの文字だと思っている

 

「世界が平和でありますように」は
「この子が幸せでありますように」と同じ
「愛」から始まる祈りの言葉だ。

 

「祈り」とは「想いを言語化」すること

この世には目に見えない「想い」
それは確かにエネルギーとしてあって

 

複数の人が意図を持って
その「想い」を繰り返し発することで
必ず実現化する。

 

それは人間にしかできないこと

 

エネルギー量の違いはあって
時差はあるかもしれないけれども
人間になら必ず出来ること。

 

自分以外の誰かの幸せを祈ることは
人間にしか出来ないこと。

 

f:id:e7smilemi:20190808153338j:plain

「祈り」を意識しなくて

アンカー的にこの文字はこんな意味だから

こんな時にこの文字をこうしたらいいよねって


スピリチュアルな用語なんて
幸せに過ごすのに必要ないものだしねww

 

そもそも

言葉だけたくさん知っていても
ズブズブで不幸な沼人もいるしね(苦笑)


日本人の世界は昔から
すべてのものに霊や神が宿っていて
 
「個人」と「大いなるもの」が
当たり前につながっていたのだと思う
 
個人と大いなるものが当たり前につながれる時代
そんな時代がまたやってきたんだ。

 

「平和を願う想念」へ
「大きな幸せ≒小さな幸せ」へ
「庶民出」もつながりやすくなった
そうゆう新しい楽しい時代。

 

誰かが復活したとかしないとか

そうゆうヘンチクリンな話ではなく。
 

f:id:e7smilemi:20190804133959j:plain

何度でも言いますが

わたしの思うスピリチュアルは
「日常の生活を良くしていくもの」

古代文字もそう使おうと思った^^

 

自分自身がわからなくなってしまった時
自分の仕事に迷っている時
パートナーシップに悩んだ時
子どものことで悩んだ時

生きる上で役に立てれば良い
「きっと大丈夫だ」と人生を歩んでいければ良い

「スピリチュアル」というよりも
「祈り」に近い。
 
きっとわたし達の祖先も
言葉をそうやって使ってきただろうし
その他多くの国々の古代人も
みんなそうだったと思う

 

初めに言葉があった
言葉は神であった。
世界一のベストセラー『聖書』にだって書いてある

 

言葉は神
言葉は祈りだ。
 
自分が自分の平和を願う言葉だって祈り

朝起きたら
今日も目が覚めた自分に
目が覚めた今日もいい日だねと言ってあげよう

 

まずは自分の幸せを願うことが

庶民の最高の特権なのだと思う。

 

そうやって少しずつ

一人ひとりが「幸せ」であることが

世界平和へつながっていくんだと思うよ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~
 

HPはこちら

ホーム - 人生の方向性を見定める縄文言霊・音魂鑑定


~~~~~~~~~~~~~~~
質問への回答や新月満月ネタ
「理屈でスピリチュアル」メルマガ版ご登録はこちら。
ぜんぜんやってない・・・><

48auto.biz


~~~~~~~~~~~~~
「自分の生まれた意味を思う出そう~お名前に隠されたあなたの使命!」
のご登録はこちらです

https://48auto.biz/ototama-mail/registp.php?pid=3


~~~~~~~~~~~~~

自分の生まれ持った本質のエネルギーを知り
自分自身の持つエネルギー知ることで
ゆるやかに現実が変わりはじめます。
お名前鑑定のご依頼はこちらから

kokucheese.com