理屈でスピリチュアル

縄文古代文字・お名前鑑定師MARUがスピリチュアルを理屈で語ります

スピリチュアルにありがちな「特別」という危険性

 

今日は

「イキった」スピリチュアル系の

「わたしはマスクやめました」について

良いから「電車ではマスク」して

それが嫌なら車移動にしなさいよ、と

とても言いたくてブログを書きました

 

コロナ禍の「禍」の字は

人の起こす禍(わざわい)も意味しています。

インフルエンザの感染率方が高いとか

自粛生活中の自殺率の方が高いとか

言いたいことはいろいろあるかと思いますが

 

あなたは覚醒なり進化なりして

コロナが怖くないのかもしれないけれど

一緒の電車にのるまわりの人を

わざわざ不安にさせなくても良いと思うのよね。

 

そんなふうに書いちゃうあたり、

わたしもまだまだ「イキった」

怪しいスピリチュアラーなのかもしれない・・。

でも

自覚があるって素晴らしいわよ(`・∀・´)エッヘン!!

 

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スピリチュアルとは

「覚醒」や「アセンション」や「特別になること」では無く

日々の生活で「自分の霊性」を高めていくこと。 

 

スピリチュアル系の何かを「極めた気分」になっていたり

「覚醒体験」があったりすると

周りのことが「下々」「下賤」「阿呆」に見えてくることが

往々にしてあるんですが

これは「特別感・選民意識」からの

「集合無意識を無視」という現象、

もしくは「良くない集合無意識」に繋がっている疑惑。

もしくは「そこ止まり」。

それ以上に「現世」では成長が見込めない状況です。

 

わたしは新興宗教時代にこの感覚を

ものすごく味わってます。

 

世論に流されずに

自分の信念や

自分はこう思う

そういったものはとても大事なこと。

 

でもねえ、

「コロナ」って感染症なのよ

飛沫感染を防ぐのにマスク着用はそこそこ有効

 

「私の周りすいてます❤」

ってつまり

「あなたの周りには居たくない」という

周囲の意思表示。

それは「公害」と変わらないこと

そうお気付きになったらどうでしょう?

 

そうゆう人ほど、柔軟剤を「香害」って言う率高いけど

あなたもどうやら「口害」なのかもしれないわよね。

 

ワタクシのような毒舌は「口害」だと自覚してるけど

自覚のない方があぶないことよ

 

だからスピリチュアル系は「オカシイ」って言われるのさw

 

まあ、実際オカシイ人もたくさんいるところが

笑えないことろなんだけれども(苦笑) 

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スピリチュアル的生き方や瞑想を進めていくと

五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)や意識が

別次元から動かされているような不思議な感覚が

訪れることもあります。

 

ある時もあるしある人も居るし

ない時もあるしない人も居るので

一概には言えませんが。

 

宇宙や大いなるものと自分が「同化」して

新しい目線から何か見えたり

自分以外の声が聞こえたり

 

自分の体を飛び出して何か別のところから

自分を感じている、

見ている、

というちょっと不思議な感覚

 

わたしはもともと肉体とつながるエネルギーが弱く

「飛び出しやすい体質」のようで

小さなころに熱を出すとすぐこんなふうになりましたし

新興宗教時代には「タクル」(だったかな??)

・・瞑想中に身体が勝手に動いて

神がかりになるような経験もしています

 

この感覚って「覚醒」したわけじゃなくて

学びの段階の一つ

もしくは「今世の体験の一つ」

けして

「特別なもの」ではありません。

 

この経験をした自分は特別である。

そう思うことを日本では「生悟り」と呼ぶらしいよ。

こうゆう「スピリチュアル系」の人、多いでしょ?

 

わたしも自分自身も「生悟り」をしていました。

だからこそ

「心の核」の無い人からもたらされたような

「覚醒体験」は非常に危険ということを

身をもってわかっています。

 

「自分は覚醒したのだ」という誤った認識

「自分は大丈夫なのだ」という根拠の無い自信

「自分は特別なのだ」という選民意識

 

肉体のあるこの感覚を超えた先か奥かに

大いなる何かがあるって知ることはとても大切だし

感覚として理解するのは重要な事の一つではあるけれど

それが「特別な出来事」として囚われてしまうことは

「地球人」として生きて行くうえではあまりよろしくない。

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スピリチュアル

新興宗教

心理学的学び

瞑想会

ビジネスの集まり

 

人が集まれば起こることってあります。

 

「これだけが正しい」

それは「あなたは間違っている」を生み出す核になりうる。

 

集団になればなるほど人のもつパワーは大きくなるので

こんなことは起こがちだし、

人は流されやすくなります。

 

なんで流されちゃうかな?と考えるに

エネルギーの法則として

「弱いエネルギーは強いエネルギーに支配される」

というものがあるし

 

今の日本人には「心の核」となりうる

信仰心・・・というのはちょっと違うんだけど

「日本人のつながるべき大きな想念的なモノ」が欠落しているせいかと思う

 

「日本人の想念」ってやっぱり

八百万の神様」はわたし達の祖先で

わたし達も創造することが出来る

「小さな神様」なんだという

絶対的な安心感とでもいうもの。

 

太陽の神様だって時に引きこもるし

夜の神様は地味だけど休息をくれて

雨の神様はあちこちで富をもたらし

雷の神様は過ちを正すため目に見える形にする

山の神様は田畑を豊かにしてくれるし

そしてその神様たちは自分たちの祖先で

わたし達を護ってくれているのだ。

そんな「圧倒的な安心感」

 

「圧倒的な安心感」は「心の核」のようなもので

この「心の核」が希薄になるから

「誰の言うことを信じて良いのかわからない」

「自分すら信じられなくなる」

だから、「流されやすい」

 

集団のTOP

人気のある誰か

それっぽい心理学やスピリチュアル

そういった中での

「目からウロコ」体験や

「体験談」に流されやすくなってしまう

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「私は特別なライトワーカーです」

「私は覚醒体験をしたヒーラーです」

「私達はアセンションするグループです」

 

書き出すと結構出てきます

 

なんならわたしだって

「覚醒体験をしたヒーラー」ですよ

崇め奉れ愚かなスピリチュアラーどもよ(言い方ww)

 

結局ね

わたしの体験談を見てもおわかりの通り

こうした「覚醒体験」って自己申告

「実際本当にそうか?」

なんてことは誰にもわからないんですね。

 

「覚醒したんです」の裏返しは

「わたしは特別なんです」

 

「わたしは特別なんです」は

自己評価の低い表れです

 

「特別に思ってほしい」って

誰もが持っている「正しい欲求」の一つで

これ自体は何の問題もありません。

 

問題なのは

「この感覚」が大きくなって

「現代人としての日常生活」に

支障をきたしたり

自分以外に迷惑をかけること

 

生産的でない大きな借金で

家族を巻き込むとか

友達をなくすとか

そういったことですよね。

 

大事な事は「覚醒体験」をしたことではないんです

「その体験」を人生で、

どれだけ自分と人のために生かせたか

 

 

追記

電車の中ではマスクしろって書いたけど
本筋はそこじゃありません(真顔)
 
「自分は特別」とか
「自分は大丈夫」とか
そういった感覚は時に危険である
特にスピリチュアル系では。
ということを書きたかったのだが
全然伝わらなかったらしい。
 
人の認知能力ってほんと、人それぞれだなあ・・。
 
一人一人好き嫌いも何を信じるかも全く違うのに
「これだけが正解だ」というものは無いと思っているし
「あなたの正解」
「わたしはこう思う」
「この人はこう言ってる」
さて、ここで自分は何を選ぶのか?
 
マスクは暑い時期は危ないよね。
高温多湿の時期はウイルスはおとなしくなるしね。
したくないならしなくても良いし
「するべき場所」の認知も人それぞれだしね。
 
電車の中でくらいしても良いんじゃないの?
ってわたしが勝手に思ってるだけですから
あしからずご了承くださいまし。